滋と聡を起こし、お弁当を作り朝御飯を食べさせ、2人を送り出した。二階に上がったらまた眠くなってしまいお昼まで寝てしまった。むっくり起きて、そのまま青野原に出発。あいにくの雨である。晴れていたら千手が浜か一ノ瀬高原に行こうと思っていたのだが、どちらも荷物を運ぶのが少しやっかいな場所なので、今回は軟弱に青野原である。それでも中央道に乗り、33kmポストあたりを過ぎると山が間近に迫ってきて、ザワッと解放されていく感じが体に甦る。 三ケ木のスーパーで食料を買い、青野原に到着。青野原には誰もいなかった。雨なのでいつものあづまやの下にサイトを構える。今回はマキを買った。テントを張り、テーブルを出しイスに腰掛け、『さてッと・・・』と独り言を言い、ボヤッと雨を眺める。 傘をさして長靴を履いて川を眺めに行くが、支流から流れ込んだ泥水でまっ茶色である。う〜む、釣りもダメか・・・・。それもで吊り橋の辺りまで歩いていくと、支流から上はそんなに濁っても居ない。『よしよし、明日は釣ろうではないか、ふっふっふ』と一人にやけて、またもや独り言を言いながら、サイトまで戻った。ソロキャンで独り言を言ってるってのも気持ち悪いなあ(笑)。
焚き火を起こし、メシを炊きスーパーで買った総菜で昼ご飯である。ご飯を食べたらあとはする事もない。焚き火にポツポツ薪をくべながら夕方まで本を読んで過ごした。椎名誠の『波のむこうのかくれ島』。雨の中で南の島のカアッーとした青い空を想い、『う〜む、夏は沖縄も良いなあ・・・』と、また独り言。
薄暗くなってきたのでランタンに灯をともし、夕飯の準備にかかる。といっても昼の残りの総菜とラーメン。実にお気楽で良い。ご飯を食べたら、またしても当然何にもすることが無い(笑)。お湯を沸かしウイスキーのお湯割りをチビリチビリとやり始めた。雨は相変わらずやむ気配もなく、降り続いている。 早めにテントに入って、シュラフにくるまる。ホワッとした暖かさが嬉しい。『ぐふふふ、極楽だなあ・・・』と、また独り言。
なんだか寝心地が良くて、7時まで寝ていた。随分睡眠時間を確保できたなあ。起きだして焚き火に火をつけボンヤリしていると、1台のセダンがテントの横に止まった。ん・・?と思っていると、首に手ぬぐいを掛けた地元のオジサン風の人が降りてきて、『よお!良いところにテント張ってるなあ』と、実に気さくに話しかけてくるではないか。僕は再び、んん・・??と思い、『えっ、ええ、まあ・・・』、気のない返事を返す。と、『ここのキャンプ場の良いところは何?』、唐突な質問である。これは、地元の話し好きなオジサンが来たのだなと思って、少しお世辞を込めて、
畳みかけるような質問である。頭の中は、・・・????状態になってしまった。追いかけるような『それとお?』攻撃に、言い淀んでいると、『いや〜、俺もキャンプ場をやっていてよう』と興味深い発言である(笑)。 今度は僕の方がいろいろと話を聞いてみると、名前は佐藤さんという方で、佐藤さんは出身はこの青野原の村だが、今は青根のエリアで『此の間沢渓流園』というキャンプ場を経営しているという。。キャンプの話などをしていたら、集金のオババがやって来た。佐藤さんは『よう、佐伯さん、おはよう!』と話しかけている。オババは根っからの青野原の人で、もちろん佐藤さんが小さい頃から知っているという。焚き火を囲んで昔話に花が咲いた。昔の青野原のエリアは戸数が350戸ほどだったが、今は650戸になっていること。昔はここは畑の続きのただの河原で、真ん中辺りに丸太橋が架かっていて、それを渡って小学校に行ったことなど、面白い話が沢山出た。僕があと2泊するといったら、佐藤さんは泊まらなくて良いからぜひ自分のキャンプ場に寄っていけという。『うまいウドン屋があっから、ウドンを食いに行こう』と妙なお誘いを受けて、佐藤さんと別れた。 マキが少なくなったので、管理棟にマキを買いに行ったら、佐藤さんはここでも引っかかっていて(笑)、ババと二人でお茶を飲んでいた。『あれあれ、お茶でも飲んでいきな』と僕まで引っかかってお茶をごちそうになった。 さて釣りである。支流の泥の流入も大分おさまり本流の水も少し綺麗になってきた。仕掛けを準備し、ウェーダーをはき、ウェーディングシューズをはき準備万端で出発。エサはイクラを用意した。吊り橋の少し下辺りで流し始める。3投目でハヤがくる。ハヤでも釣れれば嬉しい。リリースしていっぱしの釣り人になった気分である(笑)。何回か流していると、来た!明らかにハヤとは違う引きである。心臓が急にドキドキしてしまう。ここが悲しいにわか釣り士であるが、それでもなんとか引き上げた。なんと25cmのマスである。尾鰭は丸くて明らかに放流のマスだが、にわか釣り士には上出来である(笑)。隣のキャンプ場まで釣り上がっていって最初のよりやや小ぶりのマス1匹と尺に近いハヤを1匹、(最初と同じクラスを一匹ばらした)。う〜む、満足、満足。 釣りから帰って、佐藤さんの所に遊びに行った。青野原からだと約15分程である。此の間橋手前をまがるとすぐにキャンプ場であった。キャンプ場を案内してもらい、管理棟で昔の写真を見せて貰い、話を聞いた。もう20年もここでキャンプ場をしているという。道志渓谷では老舗である。このあと<両国屋>という所にウドンを食べに行った。これまた人なつこい感じの女将さんが、絶品のウドンを出してくれた。これはお薦めである。 夕方、キャンプ場に戻った。なんだか面白い一日だったなあ。昨日のように何にもする事がない一日と対照的なあれこれあった一日だった。 夜もとっぷりと暮れて、焚き火の暖かさが嬉しい時間。またしても1台のセダンがテントの横に止まった(笑)。屋根のキャリアにキャンプ道具が積んであるので、今度は明らかにキャンパーである。・・・・・・・ん?と、思っていると。中から奥さんが出てきて『あのお・・・、そこお・・良いですか?』とあずまやの半分を使わせて欲しいとのことである。400張りも張れるキャンプ場に、僕しかいないのになんでまた・・・、『・・・・う〜ん、参ったなあ』と思いつつも、車をどけて半分のスペースを開けた。東屋はあと2カ所空いているのになあ・・・・。 と、まあいろいろ思ったけれど、こんな事もあるだろうと、焚き火にあたりながらご主人といろいろとキャンプ談義をした。横浜にお住まいの大沢さんという家族で、小三の男の子、中三の女の子と4人家族で毎週キャンプに行っているという。なんだかんだと話をして結局午前1時くらいにテントに入った。 う〜む、最後の最後まで”人”に縁のあるキャンプだなあ。
朝起きて、昨日の釣果に気をよくして早速釣りに出た。サッパリである(^^;;;。アタリも少ない。う〜む、どうしたことだ。出て来るときに大沢さんの下の子が『釣ってきてね!』と声を掛けているし、ボウズじゃなあ・・・・。隣のキャンプ場のエリアを過ぎてもアタリガ少ない。 どんどん上っていくと道志川が大きく蛇行している場所まで来た。崖になっていて、こちら側は巻きようがない。流れの比較的緩やかな場所を選んで慎重に向こう岸に渡る。渡ってみると、それは見事な風景であった。道志川がはるか400mくらいまっすぐに流れている。両岸はゴロタ石ではあるが歩きやすく、空が大きく開けている川の風景である。『う〜む、道志の実力だなあ・・・』と独り言。 このリラックスした気分が良かったのか、大きな落ち込みに流したら、グッと引きがあった。昨日一匹ばらしているので、慎重に寄せる。トラウト特有の”走り”である。これがまた何とも釣り人の心をくすぐるのである。上げてみたら20cmのマスだった。なんとかボウズをまぬがれた(笑)。遙か上流から釣り人が1人釣り下って来るのが見えたので、僕は竿を上げた。なによりもこの風景は、癒してくれたなあ。 サイトに戻ったら大沢さんの家族は朝御飯の最中だった。さすがに今日一日おつき合いするのは億劫な気分が生まれてしまい、急遽撤収して帰ることにした。バタバタと片づけ、お隣にエサのイクラと今日のマスと残ったマキを『使ってください』と上げてきた。奥さんは、マスに手をたたいて喜んでいた。ふっふっふ、これがまた釣り人の心をくすぐってしまうわけだ(笑)。 こうして今回のなんだか不思議なキャンプも終わった。 道志道に出たら青空ものぞき出した。 |