2001 8月31(金)〜9月2日 奥只見の秘境へ

☆8月31(金) 出発

 午後早退してきた。今夜の準備をなにもしていなかったので買い物とパッキングのためである。大げさかもしれないが、僕には一大決心の沢なのである。メンバーに女性が含まれているとは言え、僕以外は全員が<沢屋>なのである。おまけに男性のメンバーのほとんどは、書籍に署名入りで登場するような人たちである。緊張しない方がどうかしてるってなもんである。

 コンビニで携行食をいくつか買ってきた。ところがこれが後で痛い目にあうのである。山行の計画書はゲンさんから結構詳細にアップされていたのだが、緊張している割にはそれを良く読むこともせず、『ま、付いていけばなんとかなるか』くらいの感じでの準備だった。結論から言えば、携行食が全然足りなかった。僕が持っていたイメージの3倍くらいの時間を要する行動量だったのである。おかげで1日目の後半は、お腹が空いて、フラフラだった。負け惜しみではないが、あんなにお腹が空いていなかったら、もうちょっとバテないでいけたかなぁという気もする。へへへ、やはりちょっと負け惜しみ(^^)。

 同じ町内に住むゲンさんの家に午後8時45分集合である。僕の家からはゲンさんの家までは歩いて数分である。ゲンさんの家には今回の集合メンバーである三吉さん、タカさんが既に到着していた。お宅に上がり込んでスイカなぞをごちそうになっていると、にゃんちゅうさんが着いた。

 荷物をデリカ号に積み、八王子組最後のメンバーであるEMIさんをピックアップするのにJR八王子駅に向かう。EMIさんはICIの前で待っていた。イヤイヤどうもどうもと挨拶をし、にん2号との合流場所である高坂SAに向けて出発。車内はまだ初対面の緊張感を引きずったまま、やや堅い感じで会話が続いた。

 高坂SAにはにん2さん、しんちゃん、まみちゃんが既に到着していた。参加予定だったスーさんが体の不調で急遽不参加になり、全メンバー9人が集まったことになる。僕のこの時点での緊張感は結構高く、なにやら地に足が着かないといった面持ちで奥只見に向けて出発した。関越をひた走り、小出インターを降りたのは午前0時くらいだった。

 現地に到着すると、にん2号のオーニングが下ろされ、ゲンさんの車が横付けされオーニングとタープを連結させ宴会場件テン場のできあがりである。僕自身も普段キャンプをしているのでそれほど違和感は無かったが、実に手際の良い作業で、普段いかに回数を重ねているかがよく分かる行動だった。

 実はこの場所への到着の仕方が、それはもう実にドラマチックなのである。しかし、事情があって公開の日記である奮闘記には残念ながら詳細に書けない。十三夜(だと思う)の月に照らし出された山々に囲まれた静かなテン場に、タイムスリップするように突然到着してしまったのである。

 テン場にはカヌ沈隊のさる番長のテント(と、にん2さんが教えてくれた)が張られていた。掲示板に書き込みが有ったので『会えたら良いなぁ』とは思っていたが、本当にこんな山奥で会えるとは!と嬉しかった。さる番長といっても彼は最近”岩の博士”になった人である。今回はフィールド調査で黒又川に入り、この場所をBCにしているとのことだった。

 かるく乾杯をして、就寝は午前2時近かったと思う。僕はデリカ号の中で明日の沢を思いながら少しドキドキしながらでシュラフをかぶって寝た。

☆9月1(土) 朝の支度からテン場まで

 アッという間の朝だった。ゲンさんに起こされた。少し寝不足気味の眠そうな顔をして全員が起きてきた。オニギリをほおばりながらパッキングと沢支度が始まる。僕以外のメンバーにとっては当たり前の、どちらかというと浮き浮きする時間であり、作業なのだろうが、僕には不安で一杯の作業だった。前回、丹波川の時は日帰りということもあり、30Lのザックだったし、携行する物もほとんどなかった。今回は少なくとも沢で1泊するわけである。野遊びはずいぶんしてきたが、せいぜいお気楽オートキャンプに毛がはえたようなテント泊が多かった。したがって今回の僕の不安は、沢の遡行と同時に本格的な野営への畏怖感のようなものもあった。     

 僕自身が所有する装備がほとんど無いということも不安要素だった。にん2さんから、沢用のズボン、スパッツ、ハーネス、グローブ、ヘルメット、環付きカラビナ、カラビナ、シュリンゲなどをお借りした。下着やアウターなども購入しないで行ったので、そこらあたりもこの時点では不安要素だった。

 シュラフや着替えなど一切をゴミの袋に入れ、それを防水バッグに入れ厳重に縛ってから60Lのザックに詰める。嵩ははるが中身はあんまりないザックができあがった。本来なら共同装備を分散して持たなくてはいけないのだろうが、僕は無しだった。少し後ろめたい気分が残った。

 さる番長が起きて挨拶に寄ってくれた。秩父の植林の時に一度会ってはいたが改めて挨拶をし、それでは!と出発した。朝霞が薄くたなびく山の向こうには雲がまだ少し残ってはいたが、晴れていきそうな予感である。

 ザックを担いで歩き出したら、ワクワクしてきた。いよいよ川に入るのだ。

 今回のルートは、奥只見シルバーラインで山まで入り、支流の泣沢から黒又川本流に入ってそれを延々と下り、泣沢からは幾筋か下流にあたる赤柴沢に入り、その沢を遡行するというものである。沢歩きなのに、いきなり10キロに近い下りというのは非常に珍しいパターンらしい。赤柴沢に入るには、これ以外のルートだと黒又川沿いの足場の悪い仕事道を延々と7、8時間歩くルートか、黒又第二ダムからのルートしかなく、沢そのものへのアプローチが困難な場所なのである。そういう意味では秘境中の秘境といっても良いだろう。

 泣沢に降り立ち水に足を漬ける。冷たい水であるがじゃぶじゃぶ元気に歩き出す。釣り人とすれ違った。ここまでは車でのアプローチが可能な場所なので釣り人も結構入るらしい。といっても奥多摩での釣り人の数を考えたら、僕には、ここだって天国のように思える。僕以外のメンバーは沢屋なので”これくらいの水の綺麗さ”にしか感じられていないのか、なんだかみんな、淡々と歩いている。僕は、この泣沢の綺麗な水を見ただけでも、結構ドキドキワクワクしていた。

事件その1:にゃんちゅうさんが泣沢に入ってすぐ、足をとられて転倒し、手はついたものの岩に顔面をぶつけてしまった。唇が切れて血が流れ、歯もぐらついているらしい。大ベテランのにゃんちゅうさんをしても、こんな事が起きるのである。思わず気を引き締めた。結果として大事には至らなかったが、ひやりとする事件だった。

 黒又川本流に入ると、結構の水量である。ゲンさんの発明である(ゲンさんは、なんとこのルートを既に4回も!下ったことがある)ザックを浮き袋にして水に浮かんで流れ下る場所が何カ所か出てきた。最初はザックとのバランスが巧くとれないで、おっかなびっくりの感じだったが、だんだん慣れてくると、これは楽チンである(^^)。ヒャッホー!と歓声を上げたりしながら流されていった。ただ、水が冷たい!この水の冷たさで事件が起きた。

事件その2:EMIさんが低体温症になりかけてしまったのである。

 EMIさんの顔が真っ青である。吐き気がするという。急遽お湯を沸かしミルクコーヒーを飲み、ペットボトルでこしらえた湯たんぽを体に入れる。バーナーに火をつけて暖をとりながら、しんちゃんとまみちゃんが体を寄せて温める。しばらくしたら顔色も戻ってきた。

 すぐ水にはいるわけにもいかないので、しばらくは仕事道を行くことになった。道と言っても頻繁に人の入る場所でもないので、荒れていて歩きにくい道である。しかし、水から上がってしばらく歩いたおかげでみんなの冷えたからだも暖まってきた。僕自身もがたがた震えるくらいの寒さだったので、汗が流れくらいの運動量はありがたかった。しかし、いつまで歩いても荒れた道で、風景に変化はなく、いい加減飽きてきたなあ・・・と思う頃、再度沢に入ることになった。

 風景に変化はないと言っても、ブナの巨木があちこちに生えていて心を和ませてくれた。見上げれば、向こうの山から落ちている幾筋もの滝が見られ、一人『う〜む!』とか『ふ〜!』とかつぶやいていた。(感動屋というあだ名が付いてしまった(^^;;;)。仕事道を歩いている途中で、我々の後で出発したさる番長達に追いつかれた。ホイッスルの音で葉陰から沢を覗くと、ちらりとさる番長の姿が見えた。フィールド調査で岩石を集めながらこんなところを下っているのである。年間何十日かこんな調査をしていたら、街に住めない体になっちゃうだろうなぁ・・・と、羨ましいような複雑な気分だった。

 再び川に入る。ここらあたりからはもう記憶が曖昧である。どの滝をどんなふうに越えたのかはなんだか夢の彼方である。渓相をたどり、沢旅を思い出して書くには、もう少し訓練が必要のようだ。とにかく延々と黒又川を下っていった。感覚的には”いつ果てるともなく”という感じで、赤柴の出会いに着く頃はヘトヘトに疲れ果てていた。なにより携行食が無くなり、お腹が空いてフラフラだった。出会いで休憩をとったが、この時点で午後3時である。出発が午前6時だったから、9時間歩いてきたことになる。出会いにはテン場になりそうな場所があり、ここで幕を張るという意見もでたが、明日の遡行を考えて結局赤柴を遡行して当初の予定通のテン場に向かうことになった。個人的には、トホホホ・・・・という気分だった。

 2時間の遡行だった。テン場は深くえぐられた渓の中ではあるが、そこだけ川が大きく蛇行し河原を作っていた。その河原に小高い土手があり10人くらいは寝られそうな場所である。つい最近まで雪渓が残っていた場所であるとにん2さんに教えられた。確かに見ると、コゴミが生え、まだ黄緑の若い色をしたイタドリが生えている。渓はもう初秋の空気が感じられるのに、ポッカリとここだけ春が残されていた。不思議な風景だった。

 テン場につくと、実にテキパキとそれぞれが仕事をしだした。マキを拾う、タープを張る、食事の準備をする・・・・。僕は疲れてお腹が空いていて、体が動かなかった。なにやらそれらしく体を動かしてはいたが、うつろな目をしていたのではないかと思う。ゲンさんと目があったら、思わず苦笑いをされてしまった。

 焚き火が燃え上がり、何人かは釣りに出た。テン場にホットした空気が漂う。その間に僕は着替えをし、乾いたシャツを着て人心地ついた。

 夜になり、にゃんちゅうさんの卓抜な料理を堪能し、焚き火にあたりながら、『いや〜ぁ、来て良かったなあ・・・・・・』と、一人シミジミ思っていた。

 深い渓の中で、焚き火を囲んで沢の音を聞いていると稜線から月が上がった。それは、それは・・・・・、幻想的な風景だった。
 月明かりが渓をクッキリと浮かび上がらせ、夜目にも川原の石の白さが目立ってくる。
 僕らを見つめている木霊達が三角の顔をコリコリ!コリコリ!と回している音が聞こえた・・・・・・・・・ような気がした。

二日目