2001.11.10-11 秩父で勉強会


☆11月10日(土)  入川沿いの樹木の勉強と広瀬さんの話

午前5時過ぎ、中央道まわりで秩父を目指す。勝沼で下りて雁坂峠に向けて走る。途中コンビニで朝御飯と、お昼ご飯を調達。笛吹小屋のキャン場前の道の駅で休憩。雁坂には雲がかかっていたが、頂上付近は冠雪である。カラマツの黄金色と、紅葉と、冠雪・・、こりゃぁ凄い。感激屋の面目躍如、一人で歓声を上げていた(^^)。

トンネルを過ぎ、わさび沢の出会いの丘で再度休憩。なにせ道がガラガラでアッという間に着いてしまい、時間があった。小やみになった雨の後、気温が上がり始めた山肌から雲がわき、さーっと雲が切れる合間に見える紅葉が、これまた素晴らしい。また歓声を上げた。

出会いの丘からは川俣の宿舎までは10分くらいで着いてしまった。まだ誰も来て居ない。スーさんからかりた『釣りキチ三平』を読んで時間をつぶす。先日出かけた田沢湖の国マスがテーマで、面白い。

イスを倒してウトウトしていたら、カズヤさん到着。おはようございますと挨拶し、外でタバコを一本吸う。空気も美味い。少ししたら中野さん到着。そのうち今日の参加メンバーがぞくぞくと着いた。

kurooさんの簡単な挨拶と注意事項があり、夕暮れキャンプ場まで車で出発。車はキャンプ場前に置き、そこから森林軌道を歩き始める。雨が少し来て居たが、まあなんとか行けるだろうという感じだった。

早速、カズヤさんの説明が始まる。カエデの種類が多い。イタヤカエデ、イロハカエデ、コハウチワカエデ、ヒナウチワカエデ、コミネカエデ、オオモミジ。同定時の特徴を教えて貰った直後は、『よし、分かった!』と思うのだが、いざ落ち葉を拾って同定しようとすると、途端にあやふやになってしまう。なんとも情けない。

それでも紅葉の仕組みや、葉の用語など随分勉強になった。

  

途中で雨が強くなってしまい、当初の予定の矢竹沢までいくのは中止になった。結局1Kmほど歩いて、引き返すことになった。お昼は川俣の宿舎に戻って食べた。

4時から今日の夜学の講師である広瀬さんが来る。それまでは、食事当番のわたるさん幸世さんのお手伝いをしたり、おしゃべりをしたり各自ノンビリ過ごした。

広瀬さん到着。旧制高校と戦争での2年間秩父を離れただけであとはこの村で過ごしたという。戦争から戻って、村で数少ない旧制高校出身ということを買われ、役場や会社への就職の口が掛かったが、好きな猟(漁)や山仕事がしたくて断ったという話だった。これを聞いただけで、思わずみんな身を乗り出す(^^)。

当時どんな暮らしをしていたのか、どんな人々が村に暮らしていたのか、随分興味深い話が沢山出た。たとえば豊富にある木材を使い柄杓など生活用品を作る人たちを”杓士”と呼んでいて、やや蔑称に近い響きがあったなどいう話は、そのニュアンスがよく分からないが僕には興味深く感じられた。

話の後半は、”魚””釣り”の話だった。現在大滝村に流れている荒川水系の入川、滝川の支流は当時魚止めの滝の上にはほとんど魚が居なかったらしい。広瀬さんは山仕事の合間などをぬって、赤沢、股の沢、松葉沢など10の沢の滝上に下流で釣った岩魚などを放流した。昭和23年から30年にかけてである。現在秩父で釣りをして釣れる魚は極端な言い方をすれば、全て広瀬さんが源流放流したイワナの子孫ということになるらしい。驚いてしまった。広瀬さんは若いときから現在まで日記を付け続けていて、この”植魚計画”の内容も日記に書かれていて、当時の1ページをコピーして資料として配ってくれた。

広瀬さんのお話が一通り終わって、質疑応答があり、今日の夜学は終わった。ホントに為になる、興味深い話だった。僕らだけで聞くには勿体ない内容で、ぜひ出版にこぎ着けたいものなぁ・・と思った。

広瀬さんも夜の食事を一緒にされ、帰っていった。それからは、例によって宴会の部である。カズヤさんが作ってきたサルナシ酒、岩魚の骨酒、バーボン、ビール、ワインと随分とアルコールが出た。

今回はカヌ沈隊の尾崎隊長も参加していて、席が隣だったので、いろんな話を聞かせて貰った。これはこれでとても有意義で楽しい時間だった。

今回は僕も消灯の11時まで残り、最後の掃除をして2階に上がった。なんだか今日の余韻が残って頭の芯は興奮していたが、それでも布団に入ったらあっけなく眠ってしまった。

☆11月11日(日)  豆焼沢で植樹した木の調査

目を覚ましたら快晴だった。下におりてまずはコーヒーを淹れる。水が美味いので、コーヒーも口に含んだ瞬間に『お、美味い!』と思えるくらいである。バラバラと朝食を済ませ、後かたづけをし、今日の予定の豆焼沢に向かう。ただ、昨日のフィールドでの勉強の時間が少なかったので、急遽演習林の中にある<樹木園>で木の観察をしていくことになった。この樹木園が素晴らしかった。僕にはありがたいことに、主要な木には名前の札が立ててあり、同定作業の勉強にはうってつけだった。昨日覚えたカエデを確かめ、ブナの巨木を眺め1時間ほど歩いた。このあたりは秩父では”遷移のクライマックス”を迎えているとカズヤさんに教えて貰った。”遷移のクライマックス”・・・・、ドラマチックな響きである。

高木、亜高木、低木、下草と綺麗に分かれて林が構成され、日当たりの良い場所には”先駆者”のモミが成長を始めている。解説されて、『なるほどこうやって植生の遷移が行われて行くものなのかぁ・・・』と、実感出来る不思議な感じだった。

    

       

樹木園には1時間ほどしか居なかったが、僕自身はもう少しゆっくりと観察する時間が欲しいところだった。

出会いの丘に戻って、いよいよ春に植樹した豆焼沢に下りていった。前もって話は聞かされていたのだが、おりて鹿がほとんど食べてしまったシオジの苗を見て、やはりガックリきた(^^;;;。これほど見事に食べ尽くされるとは・・・・・。唯一ケヤキだけが生き残った感じである。シオジ、サワグルミ、ヤシャブシ、カツラはほぼ全滅に近い。鹿害という言葉が実感される。こういった動物とどのように共生していくのか・・・、大きなテーマである。

来年は”大苗を植える””ガードを作る””カバーをかける”などいくつかのアイデアが出た。

ま、100年のうちの1年目である。めげてないで次の一歩を踏みだそうではないか。